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西岸寺 (熊本市) : ミニ英和和英辞書
西岸寺 (熊本市)[さいがんじ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

西 : [にし]
 【名詞】 1. west 
西岸 : [せいがん]
 【名詞】 1. west coast 2. west bank
: [きし]
 【名詞】 1. bank 2. coast 3. shore 
: [てら]
 【名詞】 1. temple 
: [くま]
 【名詞】 1. bear (animal) 
: [ほん, もと]
  1. (n,n-suf,n-t) (1) origin 2. basis 3. foundation 
: [し]
  1. (n-suf) city 

西岸寺 (熊本市) : ウィキペディア日本語版
西岸寺 (熊本市)[さいがんじ]

西岸寺(さいがんじ)は、熊本県熊本市中央区下通にある浄土宗の寺院。
== 歴史 ==
寺伝によれば、安貞2年(1228年)の開創で、開山は鎮西上人・聖光房弁長という。他方、『肥後国誌』によれば、大本山善導寺の末寺で、慶長年間、往生院三世・寂誉上人によって開かれたとされる。
寂誉の跡を継いだ泰岩が寺を中興。西岸寺の由来記によると、この泰岩は石田三成に仕えた戦国武将島清興が、実は関ヶ原の戦いでは討死することなく鎌倉光明寺で出家した後身であるといわれる〔『全国寺院名鑑』熊本県-2頁、『日本名刹大事典』274頁、『角川日本地名大辞典 43 熊本』506-507頁、『日本歴史地名大系 第44巻 熊本県の地名』492頁、『熊本県大百科事典』373頁、『平成肥後国誌 上巻』685頁など。〕〔なお、境内にある石造りの「泰岩和尚之塔」には「島左近」の文字が彫られているが、これは近年になってから、参詣者が分かりやすいようにと彫り加えたものである。〕。
泰岩こと島清興が西岸寺に入った経緯や、その後の活動は、概ね次のようなものであったという〔。
関ヶ原の戦いから5年後の慶長10年(1605年)、細川忠興江戸城天下普請のため、家臣に石垣普請に用いる石材を探索させていたが、そのうちの一人・葛西立行という臣が伊豆で泰岩と知己になり、泰岩を主君忠興に推挙した。これを機に泰岩は当時の細川家の領国小倉に赴き、忠興に仕えて、諸国行脚を装い各地の情報を収集、また、忠興の持仏堂の阿弥陀像を本尊として小倉に知足寺を建立した。
慶長16年(1611年)、泰岩は、浄土宗総本山知恩院住職尊照満誉を介して後陽成天皇の皇位長久を祈祷し、帝より「天下上人」の号を受けた。このことから、西岸寺の裏門には「勅号天下上人遺跡」の額がかかる。
寛永9年(1632年)、肥後熊本藩第2代藩主の加藤忠広が改易され、忠興から家督を継いで小倉藩主となっていた細川忠利熊本国替えとなるに際し、忠利の命を受けた泰岩こと左近は、忠利の肥後入部に先立って、熊本白川の近傍に知足寺の仮堂を建て〔熊本の知足寺は明治維新後に廃寺となり現存しないが、西岸寺の東側にあり、西岸寺末寺であった。明治から昭和40年までのその一帯の町名は「知足寺町」であった。〕、内偵に当たった〔『藩譜採要 五』寛永9年12月6日の項にも、情報収集のため肥後に遣わされていた知足寺泰岩らが戻り、忠利に肥後府中の様子をつぶさに伝えたとの記録がある。〕。
翌年、泰岩は忠利の意によって西岸寺に入り、同寺の中興に努めた。この当時の西岸寺は、大伽藍を建て、枡形を設け、要害の地を占めるなどして、戦への備えをしたものであった。
白川の対岸にはかつて井出の口刑場があり、泰岩以来、明治維新に至るまで、寺の住職が川越しに引導を渡すのが恒例であったという。
後に、寺は名君との誉れ高い熊本藩細川重賢の帰依を受け、宝暦の初め、現在の山号「祥雲山」を揮毫した扁額を賜った。また、かつてこの寺の境内には、島原の乱において天草四郎を討ち取った熊本藩士・陣佐左衛門の墓があったが、昭和22年(1947年)の墓地改葬の際に所在不明となった。

画像:Saiganji gaku1.JPG|山門の扁額
画像:Saiganji hondo.JPG|西岸寺本堂
画像:Saiganji taigan.JPG|泰岩和尚之塔
画像:Saiganji gaku2.JPG|裏門の扁額


抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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